眩しい、眩しい

~「不揃いなサンカク」/お題「眩い君」

 

「あっつ……」
 今日の最高気温予報は三十七度。七センチ下を見下ろせば、しかめっ面で顎を拭っている。
 白いシャツと赤いリボン。放課後、事務所に向かう道すがら会った。一緒に行く、といってもただ並んで歩いているだけだ。この暑さに秀も百々人も閉口している。
(……眩しい)
 ビルの隙間から届くオレンジの光線は目に痛かった。西日は影を二人分アスファルトに長く伸ばして、それらが近づいたり離れたりしている。
「あ」
 先を歩いていた秀が足を止めて顔を上げた。
「雨降ってません?」
 問われて手をかざしてみる。というやり取りをしている間にも、ぽつぽつという音が周囲から聞こえてきて、地面の色が所々濃くなり始めた。
「こっち、」
 とりあえず目の前に見つけたコンビニの軒下に入る。あっという間に水滴は鋭い直線になって激しさを増す。
「アマミネくん、中入らない?」
 外にいる限り、濡れるのは時間の問題だというくらい雨が強くなってきた。
「そうしましょう」
 自動ドアを通るとチープな入店音のメロディと涼しすぎるくらいの冷気に迎え入れられる。秀は入り口近くの雨具コーナーに足を止めた。
「百々人先輩、百々人先輩」
 雨粒を払って、適当に中を見て回ろうとしていると呼び止められた。
「いつ止むかわかりませんし、俺傘買っていきます」
「あ、じゃあ、」
 僕も、と言おうとしたところで一本しかないビニール傘に目が留まった。
「一緒に入る?」
「俺、濡れても大丈夫ですよ」
「ダメだよ。風邪引いたらぴぃちゃんに叱られるよ」
「じゃあ、そうします」
 ビニール傘と、事務所への差し入れにと大袋のお菓子を購入して外に出ると、まだざあざあと雨が降っていた。
 蒸されたような湿気と匂いが立ち込める。向かいの美容院の前に置かれた観葉植物の大きな葉の緑が、異国に来たような心地だった。
「狭くなってごめんね」
 税込三三〇円。左肩に少し小さな体温が触れる。歩幅を合わせて、いつもよりゆっくりと足を出した。
「……雨、止まないねぇ」
「夕立っていうよりスコールみたいですね。でも向こうは晴れてるから、もう少しすれば止むと思いますよ」
 ぴんと張った新品のビニールが水滴を跳ね返す音にかき消されないように。いつもより近くから秀の声が聞こえる。
 街は濡れて、いつもより沈んだ色をしているのに、少し毛先を濡らした隣の蒼は艶やかだ。
(……眩しい)
「あ、晴れてきた」
 耳を打っていた音が一気に止んでいって、秀がするりと透明な傘を抜け出した。雲の間から日差しが差し込んで、踊る水の粒がきらきらと光っているようだった。それを引き止めたくなって、喉元まで声が出かかった。
 何を?
 ……わからない。
 ビニール傘は骨しか影に映らなくて、まるで幽霊のようだと思った。
 左肩の熱はその時間を確かに残していた。届かない言葉は真夏の匂いに混じっていって、百々人は傘を閉じて秀の背を追いかけた。